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神戸地方裁判所 昭和45年(行ウ)35号 判決 1971年12月23日

原告 平野政雄

被告 神戸刑務所長

訴訟代理人 坂梨良宏 外四名

主文

原告の訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一、原告

1  被告が原告に対し昭和四五年一二月二二日付でなした叱責の処分を取消す。

2  原告の身分帳簿及び懲罰簿中右処分に関する記載を抹消せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二、被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一、原告の請求原因

1  原告は昭和四三年九月二四日大阪高等裁判所において懲役五年の判決を受け(同年一〇月四日確定)現に神戸刑務所において服役中の者である(昭和四七年八月二八日刑期が満了する)。

2  ところで、原告は被告から、昭和四五年一二月二二日付で、右刑務所第二病舎二号室(原告の居房)の窓から残飯を投げ捨てたとの理由により叱責の懲罰(以下本件処分という)の言渡を受けた、そして本件処分は原告の身分帳簿及び懲罰簿に記載された。

3  しかし、本件処分とその記載はいずれも違法である。

すなわち、本件処分は、右のように、昭和四五年一二月一二日午前一一時ごろ右刑務所第二病舎二号室から残飯を投げ捨てたとし、これが刑務所内の規律違反になるとしてなされたものであるが、原告が右のような行為をした事実はない。東告は、右日時頃は、昼食を終え、残飯等を衛生夫に差出して・後片付けをして、薬を飲み横臥していたものである。なお、原告は、当日風邪で寝ており窓から手を出したこともないし窓を開けたこともない。故に本件処分は誤つた事実判断に基づいてなされた違法な処分である。

4  さらに、本件のごとき行刑上の処分も罪刑法定主義の原則に従うべきであるところ、監獄法施行規則一三条は、右趣旨に添い「在監者遵守事項」を冊子として監房内に備え置くべき旨を規定している。しかるに原告は右のような遵守事項をきいたこともないし、原告の監房内には、右冊子も備え置かれていない。本件処分はかように遵守事項(規律)とし 定められていない事項についてなされたものであり、仮りに、原告が在監者遵守事項違反の事実をなしたとしても原告は右の規律を知らされていないのであるから、その処分は違法である。

5  よつて、原告は、本件処分の取消を求めるとともに、本件処分を記載した原告の身分帳及び懲罰簿中当該記載部分の抹消を求める。

二、被告の本案前の答弁

1  原告の請求原因12の各事実は認める。

2(本案前の主張)

一、本件処分じたいの取消について

(一)  本件処分は昭和四五年一二月二二日になされ同時に執行が終了しているから、本訴請求は法律上の利益がなく不適法である。

(二)  または原告には、本件処分の取消しによつて回復すべき法律上の利益がない。即ち、受刑者に適用される各種の行政法規中には、当該懲罰処分を受けること以外に、法令上直接何らかの不利益な取扱(利益となる処遇の欠格事項、又は不利益処分の加重事由となるなど)を受けることは規定されておらず、原告が将来何らかの不利益を受けるおそれがあるとしてもかかる不利益は、将来の発生にかかり、しかもその発生自体確定的ではなく、又、本件処分から当然かつ直接的に招来されるものではない。

ところで、原告は「有期懲役刑の三分の一の期間を経過した者であるから、仮釈放や恩赦を受ける利益を有するところ、本件処分が存在することにより務所刑長が右仮釈放の申請をなすか否かの決定の際不利益に作用する」旨主張する。

しかし、刑法二八条の仮出獄は有期刑の場合、その刑期の三分の一の期間を経過した受刑者で且つ改悛の状がある者に対して地方更生保護委員会の決定で行なわれるものであるところ、右委員会での審理は、原則として監獄の長たる刑務所長の申請に基づいて行われる。(犯罪者予防更正法二九条一項)、ところで、刑務所長が受刑者に仮出獄の申請をなすか否かは、所長の裁量に属するところであり、刑務所長は受刑者に対して申請の義務を負わない。このことは、仮出獄制度が倫理的な自己形成を促進するという意味をもち、且つ所内の善良な行状に対する恩典という一面をもつこと、(従つて、受刑者にその権利として仮出獄の請求権を与えるものではない)、仮出獄の申請につき定めた監獄法施行規則一七三条の規定により刑務所長のなす仮出獄の申請は、右委員会の仮出獄審査開始の一端緒にすぎず、職種による審理開始もできること(犯罪者予防更生法二九条二項)、また所長の申請があつても右委員会は必ず審理を開始しなければならないものとはされていないことなどから明らかである。

したがつて、仮りに、本件処分が、被告刑務所長の原告についての仮出獄の申請に影響を与えるとしても、それは原告の法律上の利益を侵害するものではない(なお、被告は原告につき仮出獄の申請の当否につき昭和四五年二月二三日と、昭和四六年六月一日の二回にわたつて審査したが、いずれも仮出獄の申請をなすに足る改悛の状がないと認め、申請をしていない。さらに、原告は病舎収容中であり、行刑累進処遇令の適用はたい。)

また恩赦法の規定による恩赦についても、本件処分が何らかの影響を与えることがあるにしても、それは、当然かつ、直接的なものでなく、原告には恩赦を要求する権利もなく、本件処分の取消を求める法律上の利益があるとはいえない。

二、本件処分の記載の抹消を求める訴について。

(一)  原告の身分帳及び懲罰簿中本件処分の記載は、行政訴訟の対象となる「行政庁の処分」にはあたらない。

(二)  つぎに、原告は被告に対し本件処分の右身分帳簿及び懲罰簿になされた記載の抹消という行為を求めるが、このような請求はいわゆる給付的行政訴訟であり、許されない。

(三)さらに本件処分の身分帳簿及び懲罰簿への記載が、仮りに将来原告に何らかの不利益を与えることがあるにしても、それはあくまでも事実上のものであり、法律上のものではない。また、本件では原告は本件処分自体の取消をも求めており、この点が認められればその記載も当然抹消を求める訴の利益は存しない。

以上いずれの観点からするも原告の本訴請求は法律上の利益がないから、却下されるべきである。

三、本案前の申立に対する原告の答弁

(一)  被告が原告に対してなした本件処分がすでに執行済みであることは認める。

ところで原告は、昭和四五年二月にその刑期の三分の一を経過したものである(昭和四三年九月二四日大阪高等裁判所で懲役五年の言渡を受け、同年一〇月四日、右刑が確定、同四七年八月二八日刑期満了)。犯罪者予防更正法二九条は受刑者が刑法二八条(有期刑については刑期の三分の一)等の期間を経過した場合、地方更生保護委員会が監獄の長の申請にもとづいて、或いは、申請にもとづかないで独自に、右委員会の委員に本人の人格、在監中の行状、その他の調査にもとづき審理して、右審理結果にもとづいて相当とみとめるときは仮出獄の決定をする。また、行刑累進処遇令九〇条によれば、二級以下の受刑者の場合でも、改悛の状顕著で社会生活に適応できる者とみられる者は、仮釈放の手続ができることになつており、監獄法施行規則一七三条でも受刑者に仮出獄を許すべき事情ありと認めるときは、監獄の長は、仮出獄の申請を右委員会にすべしとなつている。ところで、以上、いずれの場合においても、(在監中の行状、改悛の状顕著、仮出獄を許すべき事情等)ともに、受刑者の人格、行状が仮出獄を許す審査の調査対象となつている、ところで原告は、在監中無事故で現在に至つた者である。更に仮釈放の審査は再犯のおそれがないかどうかの点が中心となるところ、原告の刑の原因となつた犯罪は、一五年余も前のことであり、しかも初犯であり、判決言渡までの間にも何ら解法行為はなく、一定の住居に住んでいたものであり、再犯のおそれはないので仮釈放を受ける資格を有するというべきである。しかるに、本件処分が存在し、かつそれが原告の身分帳簿及び懲罰簿に記載されていることにより、原告は、監獄の長による仮釈放申請もなされず、又地力委員会独自の仮釈放のための審理もなされない状態にある。よつて本件処分の取消及びその記載の抹消を求める法律上の利益がある。なお、通常の受刑者の場合、刑期三分の一の経過により仮釈放を許されているのが普通である。

(二)  また、恩赦法施行規則によれば(一条の二<2>項、二条<2>項、三条<2>項)在監者の出願により監獄の長が特赦、減刑、刑の執行の免除等の上申を中央更正保護審査会に対して行うことになつているが、右上申書には、その添付書類の一として、受刑中の行状等、参考となるべき事項に関する調査書類をつけなければならず、犯罪者予防更生法五四条によれば、中央更生保護審査会が、法務大臣に対し、右特赦の申出をする場合には、あらかじめ本人の性格、行状等を調査しなげればならないことになつている。

そして現在、原告は、右出願をすべく待機中であるが、本件処分が取消されず又、身分帳簿及び懲罰簿にその記載が残存する限り、原告が右出願しても、その行状等の調査の際、本件処分が参考にされ、その結果、原告が恩赦の利益を受けられないおそれがある。

したがつて、原告の本件訴えは、法律上の利益が存在するものというべきである。

理由

まず被告の本案前の答弁事由について判断する。

一、本件処分について。

被告が原告に対してなした本件処分については、昭和四五年一二月二二日に言渡され、同時に執行済みであることについては当事者間に争いがない。そして右執行の終了により本件処分の効果は消滅したものである。そこで、次に原告には、なお本件処分の取消しにより回復すべき法津上の利益(行政事件訴訟法九条)が存するか否かについて検討する。

被告主張のとおり、受刑者に適用される行刑法規である監獄法、同法施行規則、および行刑累進処遇令等においては、受刑者が懲罰に処せられたことにより、当該懲罰の執行を受ける以外に懲罰に処せられたことにより、直接何らかの不利益な取扱(例えば、行刑上受刑者の利益処遇の欠格事項又は不利益処分の加重事由となるなど)を受けることとはされていたい。しかしながら、そのことの故をもつて即座に受刑者には、懲罰処分の執行完了後は常に回復すべき法律上の利益が存しないと断定することは出来ない。けだし一般的に行政処分の執行完了後は基本的な権利の回復はもはや不可能であるとしても、なお原告に回復可能な附随的利益が現存する限りは、なお取消判決を求める実益を認めようとするのが行政事件訴訟法九条括弧書の趣旨であると解されるからである。ところで、右九条の趣旨からすると、右利益の内容として、将来の不利益取扱いの回避、或は期待的地位の保護をも含めるのを相当とするが、しかし行政訴訟の本質上、右利益は、あくまで係争処分と直接的な関係を有し、且つ右関係は相当程度の蓋然性を有する場合でなくてはならないと解すべきである。

しかるところ本件処分に関しては、弁論の全趣旨より次の事実が認められる。

(一)  仮出獄は、原則として監獄の長が在監者について仮出獄を許すべき情状があると認めたとき、地方更生保護委員会(以下地方委員会という)に対し仮出獄の申請をなし、これに対し、地方委員会は、本人の人格、在監中の行状、職業の知識、入監前の生活方法、家族関係その他の関係事項を調査して審査した後決定される。(例外的に地方委員会が職権をもつて審査を開始する場合もある)(刑法二八条、犯罪者予防更生法一二条一項一号、二九条)。そして、右申請は、監獄の長の裁量に属するものであり、仮釈放関係の法規中には、在監者に右申講についての請求権を認める規定は存しない(行刑累進処遇令第八九条に第一級の受刑者についての又、同第九〇条には第二級以下の受刑者についての仮釈放に関する規定があるが、いずれも受刑者に対し仮釈放を申請されるべしとの請求権を与えたものとは解されない)。なお恩赦については本人も出願できる点は仮釈放の場合と異なる(恩赦法右行規則一条の二第二項)がこれもただ請願権にとどまり恩赦そのものを請求する権利は在監者に与えられていない。

(二)  仮出獄の手続は主として第一級受刑者に対してなされ、第二級以下の受刑者でも改悛の情が顕著で社会生活に適応しうるものと認めたときに、とくに仮出獄の手続をとることができることになつている。(行刑累進処遇令八九条九〇条)ところ、原告は舌収獄中であり、同処遇令の適用がない(同令二条)。ただ実質的た所内の取扱については第四級に準じられているのみである。

(三)  本件処分の以前である昭和四五年二月二三日に原告について仮出獄の申請をすべきか否かについて被告刑務所長が審査したが仮出獄の申請をなすに足る改悛の状が認められないとして申請がなされていない。

(四)  原告は本件処分以外にも(1) 昭和四五年五月八日規律違反の事実に対して一五日間の、(2) 同月一四日の違反事実に対し二〇日間の、(3) 同年六月一六日の違反事実に対し四〇日間の、(4) 同年九月六日の違反事実に対し一〇日間の、(5) 同年一〇月三日の違反事実に対し二〇日間の、各文書図画閲読禁止処分を受けている。

以上の事実を総合して考えると、本件の処分が将来原告についての仮釈放の申請等に何らの影響を及ぼさないものとは断じ得ないとしても、本件処分を取消さなければ原告につき仮釈放の申請等がなされないという程の直接的な因果関係を認めることは出来ない。恩赦の関係でも同様である。

以上の次第であるから本件処分の取消を求める原告の請求は訴えの利益がなく従つて不適法であるといわざるを得ない。

二、本件処一分の記載について。

本件処分が原告の身分帳簿及び懲罰簿に記載されていることは当事者間に争いがない。

ところで行政訴訟の対象となしうる行政庁の処分は行政庁が公権力の発動として行う公法上の行為であり、その行為により直接国民の権利義務に影響を与えるものでなければならないと解されるところ、本件処分に関する記載は被告が行刑上の便宜に資すべく、そのなしたる行刑上の処分事実を記録する内部的な事実行為であり、行政訴訟の対象となし得る行政庁の処分には該らない。

よつて本件処分の記載の抹消を求める訴もその余の点を判断するまでもなく不適法であるといわざるを得ない。

三、以上のとおり原告の本件各訴はいずれも不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎 須藤繁 片岡博)

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